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2020年2月20日 (木)

體道一

「これが道だ」と言うと、道ではなくなる
道とは、自分で体感し会得するものだから

これが名前だ」と言うと、名前ではなくなる
知識や言葉は、限界があるものだから

 天地の始めには、名前はなかった
名前があったのは、萬物を生み出す母にだけ

人間は、「妙(みょう)」と「徼(きょう)」の二つの心がある

清く澄みきった「妙」の心の持ち主は、清く澄みきった心を、良しとする
濁って欲のゴテゴテした「徼(きょう)」の心の持ち主は、濁った心を、当然とする

人間は、「妙(みょう)」と「徼(きょう)」の両方を持っている
昔から両方の心がわかる人を、「清濁あわせのむ人」という

「妙」と「徼」のどちらも、同じところから出て名前が異なるだけ
その同じところを「玄」という

「玄」のまた奥にある、微妙でかすかな「玄」から、萬物が産み出されている

これを「衆妙の門」という

 

老子のコトバ:衆妙(しゅうみょう)の門
(すべての物が出てくる場所、その根源。万物がそこを通りぬけて出てくるという門。万物の源となるところ)

 

今日はココマデ・・・

2020年2月21日 (金)

養身二

世の中の人は、「これが一番美しい」という
世の中の人は、「これが一番善だ」という

これは良くない
なぜなら、一番ということは、二番や三番があるからだ

比較して評価するのではなく、あるがままの素晴らしさを受け入れるのが良い

物事には「有と無」、「難と易」、「長と短」、「高と下」、「音と声」、「前と後」などの相対する陰陽がある
反対のものがあるから、比較して名前がついているだけ

だから、達人は比較することなく、言葉の奥にある見えない微妙でかすかなものを見抜いていく

これを「不言の教え」と言う


道は萬物を作っているが、自分が作ったと言わない
生じさせても、所有しない
生みだしたても、恩着せがましいことはしない
功績をなしても、自分の手柄としない

自分の手柄とした態度をとり続けると、人から嫉妬やネタミをかい、いずれ今の地位を奪われることになりかねないからだ

「道のあり様を自己のあり様」として無為自然に生きるのが丁度いい

 

老子のコトバ:不言の教え
(知識や言葉より、自分で体感し会得したものから生じる教え)

 

今日はココマデ・・・

2020年2月22日 (土)

安民三

賢さを尊ばなければ、「あの人は頭がいい、頭が悪い」と、人は無用な競争や争いをしなくていい
お金を貴ばなければ、お金を得るために、人は盗んだり騙したりしなくていい

欲しいものを示さなければ、人は心を乱さないのだ

知識も欲望も少なく、お腹を満たす食べ物があり、身体が丈夫であればいい
すると、安心立命な毎日を過ごすことができる

しかし、五蘊盛苦の人間にとって、ストレスはつきもの

そんなとき、毎日の自分の心をコントロールする工夫ができれば
心が安まらないということはない


仏教のコトバ:安心立命
(身心を天命にまかせ、心安らかに、何事にも動じないこと)

 

今日はココマデ・・・

2020年2月23日 (日)

無源四

道はからっぽだから、その働きは尽きることがない
だから、萬物を産み出す源泉でいられる

人の心は心配事や憂いでいっぱいになると、他のことが考えられなくなる
道の働きのように、心をからっぽにする工夫や訓練ができてこそ、毎日を健やかに過ごすことができるというもの


鋭さは、人から警戒されたり争いの種になる
鋭さを隠し、光を和らげ、塵と同じように世の中に同化する

これを「和光同塵」という

そうして自分を磨いていると、いずれ深みや渋みのある、存在感の光る立派な人物になるだろう

 

老子の言葉:和光同塵
(自分の才能や徳を隠して、世俗の中に交じってつつしみ深く、目立たないように暮らすこと)

 

今日はココマデ・・・

2020年2月24日 (月)

虚用五

天地には、特別な愛情はない
まるで、祭礼用に藁でつくった犬が、終わったら捨てられるかのようだ

人の上に立つ人も、部下には特別な愛情をかけないほうがいい
そのほうが、えこひいきととられないからうまくいく

天地は、ふいごのように、次から次へと萬物を産み出している
動けば動くほど、どんどん出てくる


人も、からっぽで自然体のほうが、次から次へと精力的な仕事ができる
「道のあり様を自己のあり様と同じように生きる」と言われる所以である

 

今日はココマデ・・・

 

2020年2月25日 (火)

成象六

谷の神は死ぬことがない
これを玄牝という

この玄牝の門を天地の根という
綿々として産み出し存在し続けさせている


だが 疲れることはない

韜光七

天地ができてから、どの位たっただろうか
天地は長く久しく続いている

自らが長く続けようとしていないから、長く続いている

「道のあり様を自己のあり様と同じように生きる」者は、自分が人よりも先だとか後だとか、内だとか外だとかは気にしない
自分より他のことを大事にしている

だから、孤立したり皆から嫌われたりすることなく大切にされる
気がついたら皆の中心にいるだろう

ついには、自分のやりたいことを成すことができるようになる

 

老子のコトバ:天地長久
(物事が終わることなくいつまでも続くこと。訓読みでは『天は長く地は久し』と言う)

 

 

今日はココマデ・・・

 

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